「健康診断の血糖値もHbA1cも正常だったから、糖尿病の心配はない」――そう思っている方は少なくありません。ところが、空腹時の数値やHbA1cが基準内でも、食事のあとだけ血糖値が急激に跳ね上がる「食後高血糖」、いわゆる血糖値スパイクが隠れていることがあります。この“山”は、ふつうの健診では見逃されやすく、しかも放置すると全身の血管をじわじわと傷つけていきます。近年「血糖値スパイク」という言葉を耳にする機会も増えましたが、名前は知っていても、その正体や本当のこわさまではあまり知られていません。今回は、この食後の血糖値スパイクについて、なぜ健診で見逃されるのか、そしてどんなリスクがあり、どう対策すればよいのかを解説します。
血糖値スパイクとは何か

食事をすると、だれでも血糖値はいったん上がります。健康な人では、インスリンがすばやく働いて、血糖値はゆるやかな山を描いて元に戻ります。ところが、インスリンの出るタイミングが遅れたり、効きが悪くなったりすると、食後の血糖値だけが急激に跳ね上がり、その後また下がる、という鋭い“山”ができてしまいます。これが、いわゆる血糖値スパイク(食後高血糖)と呼ばれる状態です。
問題は、この山が「一時的なもの」では済まないことです。空腹時の血糖値が正常でも食後だけ高くなるタイプは、健診の採血(多くは空腹時)では正常と判定され、見逃されてしまいます。実際、糖尿病のリスクを空腹時血糖だけで判断すると、食後の血糖に問題のある人のかなりの割合を見落とすことが指摘されています。ヨーロッパの複数の研究をまとめた分析では、空腹時血糖だけを基準にすると、本来リスクのある人のおよそ3割が見過ごされると報告されています。
なぜ食後高血糖が体に悪いのか

血糖値が短時間で急上昇し、また急降下する――この激しい変動そのものが、血管にとって大きな負担になります。血糖が急に上がると、体内で酸化ストレスが強まり、血管の内側をおおう内皮という組織が傷つきます。これが繰り返されることで動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳梗塞といった血管の病気につながっていくと考えられています。
このことは、大規模な研究でも裏づけられています。ヨーロッパで行われたDECODE研究では、2万人を超える人々を調べた結果、食後(ブドウ糖負荷後2時間)の血糖値が高い人ほど、心血管の病気で亡くなるリスクが高いことが示されました。しかも、この関係は空腹時血糖とは独立して認められ、「食後の血糖値のほうが、将来の心血管リスクをよく反映する」ことが分かったのです。また、2型糖尿病の方を14年間追跡したイタリアの研究(サン・ルイジ・ゴンザーガ研究)でも、食後の血糖値が、空腹時血糖よりも心血管の病気や死亡をよく予測することが報告されています。食後の“山”は、単なる一時的な数値ではなく、将来の健康を左右するサインなのです。
HbA1cだけでは見抜けない
「ではHbA1cを見ればよいのでは」と思われるかもしれません。しかし、HbA1cは過去1〜2か月の血糖の“平均”を表す指標です。平均値であるため、食後に高い山があっても、その前後で低ければ、ならされて見かけ上は落ち着いた数値になってしまうことがあります。つまり、HbA1cが正常でも、その水面下で血糖値スパイクが繰り返されている、ということが起こり得るのです。こうした状態は「隠れ高血糖」とも呼ばれ、健診だけでは安心しきれない理由がここにあります。
こんな方は血糖値スパイクが起こりやすい
食後高血糖は、次のような方でとくに起こりやすいことが分かっています。ご飯・パン・麺類など炭水化物にかたよった食事が多い方、早食いの習慣がある方、運動不足の方、そして血縁に糖尿病の方がいる方です。また、太っている方だけでなく、やせ型の方でも、もともとインスリンを出す力が弱いために食後だけ血糖が跳ね上がることがあります。「太っていないから大丈夫」とは言い切れないのが、この血糖値スパイクのやっかいなところです。
見逃せないサインもあります。食後に強い眠気やだるさに襲われる、食後しばらくして急に空腹感や動悸が出る、集中力が続かない――こうした食後の不調は、血糖値が急上昇したあとに急降下していることの表れかもしれません。毎日のことなので見過ごされがちですが、体からのサインとして気に留めておきたいところです。
どうやって気づき、どう対策するか

食後高血糖に気づくには、空腹時だけでなく食後の血糖値にも目を向けることが大切です。一般的には、ブドウ糖を飲んで時間ごとに血糖を測る検査(経口ブドウ糖負荷試験)や、近年普及してきた持続血糖モニター(CGM)を使うと、一日の血糖の動きや食後の山をはっきりとらえることができます。
なお、当院ではこの経口ブドウ糖負荷試験やCGM(持続血糖モニター)は行っておりません。これらの詳しい検査が必要と判断した場合には、検査が可能な医療機関をご紹介します。当院では、問診や血液検査、生活習慣のうかがいを通して食後高血糖のリスクを一緒に評価し、日々の食事や運動の工夫についてご提案します。まずは「食後の血糖が気になる」という段階でご相談いただくことが、次の一歩につながります。
対策として、まず効果的なのが「食べる順番」です。野菜や汁物、たんぱく質のおかずを先に食べ、ご飯やパンなどの炭水化物を後にまわすと、食後の血糖の上がり方がゆるやかになります。また、早食いを避けてよく噛んでゆっくり食べること、そして食後に軽く歩くことも、血糖値の山をなだらかにするのに役立ちます。食事を抜くと次の食事で血糖が上がりやすくなるため、三食を規則正しくとることも大切です。これらは特別な準備が要らず、今日からでも始められる工夫ばかりです。
食後高血糖の段階は、糖尿病になる一歩手前、いわば「境界型」であることも多く、この時期にこそ生活習慣を見直す意義があります。まだ本格的な糖尿病に進んでいないこの段階で手を打てば、進行を防いだり、数値を良い方向に戻したりできる可能性が十分にあります。逆に、健診の数値だけを見て安心し、食後の“山”を放置してしまうと、気づかないうちに血管の傷みが積み重なっていきます。
健診の数値が正常でも、食後の眠気やだるさが強い方、家族に糖尿病の方がいる方は、一度食後の血糖について相談してみる価値があります。気になる方は、当院までお気軽にお声がけください。早い段階で気づき、生活を少し工夫することが、将来の血管を守る大きな一歩になります。
参考文献
- DECODE Study Group, the European Diabetes Epidemiology Group. Glucose tolerance and mortality: comparison of WHO and American Diabetes Association diagnostic criteria. The Lancet. 1999;354(9179):617–621.
- Cavalot F, Pagliarino A, Valle M, et al. Postprandial Blood Glucose Predicts Cardiovascular Events and All-Cause Mortality in Type 2 Diabetes in a 14-Year Follow-Up. Diabetes Care. 2011;34(10):2237–2243.
