糖尿病の治療というと、まずお薬を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、食事とならんで治療の土台になるのが「運動」です。なかでもウォーキングは、特別な道具も費用もいらず、今日から始められる、もっとも身近な運動療法です。実は、この当たり前のように思える「歩くこと」には、血糖値を下げるはっきりとした科学的な裏づけがあります。今回は、糖尿病の方がどれくらい・どのように歩けばよいのか、その目安と、より効果を高めるための歩き方のコツを、研究の裏づけとともに分かりやすく解説します。難しく考えず、まずは「いつもより少し多く歩いてみよう」という気持ちで読んでいただければと思います。
どれくらい歩けばよいのか

世界の多くのガイドラインでは、糖尿病の予防・改善のために、少し息がはずむ程度の中等度の運動を「週に合計150分以上」行うことがすすめられています。これは、1日あたりにすると早歩きで20〜30分ほどが目安です。歩数でいえば、まずは1日8,000歩程度を一つの目標にするとよいでしょう。
とはいえ、いきなり高い目標を掲げる必要はありません。日本人の平均歩数は男性でおよそ6,600歩、女性でおよそ5,600歩とされています。大切なのは「今より少し増やす」ことです。まずはご自身の現在の歩数を知り、そこから1日プラス1,000〜2,000歩を目指す――このくらいの無理のない一歩が、続けるうえでは何より重要です。
なぜ歩くと血糖値が下がるのか

ウォーキングが血糖値を下げる仕組みは、大きく三つの時間軸で考えると分かりやすくなります。
一つ目は、歩いている「最中」の効果です。筋肉を動かすと、血液中のブドウ糖を筋肉の中へ取り込む働きが高まり、その場で血糖値が下がります。この取り込みは、インスリンの助けがなくても進むため、食後の高い血糖を直接減らすことができます。
二つ目は、運動した「あと」の効果です。運動で筋肉に蓄えられた糖(グリコーゲン)が消費されると、体はそれを補おうとして、その後しばらくインスリンが効きやすい状態になります。この効果は運動後およそ48時間続くとされ、「一昨日の運動が今日の血糖にも効いている」ことになります。
三つ目は、続けることで得られる「体質」としての効果です。ウォーキングを習慣にすると、筋肉が糖を取り込む力そのものが底上げされ、日常的に血糖をコントロールしやすい体へと変わっていきます。
数字で見るウォーキングの効果
その効果は、大規模な研究によっても示されています。糖尿病になる一歩手前の方を対象にした有名な研究(糖尿病予防プログラム/DPP)では、週150分程度の運動と食事の改善を柱とした生活習慣の見直しによって、糖尿病の発症が58%も減少しました。これは、お薬による予防効果を上回るほどの大きな数字です。
また、複数の研究をまとめた解析では、中等度のウォーキングを習慣的に行っている人は、そうでない人に比べて2型糖尿病になるリスクがおよそ30%低いことが報告されています。歩くという誰にでもできる習慣が、それだけ大きな意味を持つのです。
いつ、どう歩くと効果的か
同じ歩くなら、タイミングを工夫するとさらに効果的です。血糖値が上がりやすいのは食後です。そのため、食事のあと30分〜1時間ほどしてから歩くと、食後の血糖の上昇をおさえるのに役立ちます。実際、複数の試験をまとめた解析でも、食前よりも食後に歩いたほうが、食後の血糖の上がり方をよりしっかりおさえられることが示されています。10〜20分程度の短い歩行でも意味があり、とくに夕食後の一歩には効果が期待できます。
歩く強さは、「少し息がはずむけれど、会話はできる」くらいが目安です。ゆっくりだらだら歩くよりも、背すじを伸ばして少し大股で、腕を軽く振りながらリズムよく歩くと、同じ時間でも効果が高まります。また、長時間座りっぱなしでいると血糖が上がりやすいため、30分〜1時間に一度は立ち上がって体を動かすことも大切です。エレベーターを階段に変える、一駅手前で降りて歩くといった工夫も、立派な運動になります。
血糖だけではない、うれしい効果
ウォーキングの恩恵は、血糖値の改善だけにとどまりません。続けることで、血圧が下がりやすくなり、中性脂肪やコレステロールのバランスも整いやすくなります。適正な体重の維持にも役立ち、これらはいずれも、糖尿病の方が気をつけたい動脈硬化の予防につながります。さらに、歩くことは気分をリフレッシュさせ、ストレスをやわらげ、夜の眠りを深くする効果も知られています。糖尿病の治療という枠を超えて、心と体の全体を上向きにしてくれるのが、ウォーキングの大きな魅力です。日光を浴びながら外を歩くこと自体が、生活のリズムを整える助けにもなります。
無理なく続けるために

運動でもっとも大切なのは、続けることです。頑張りすぎて三日坊主になるより、少し物足りないくらいの量を毎日続けるほうが、血糖には良い影響を与えます。歩数計やスマートフォンで歩数を記録すると、日々の変化が目に見えて励みになり、継続しやすくなります。
続けるコツは、「運動のための時間」をわざわざ作ろうとしすぎないことです。通勤や買い物、犬の散歩、家事の合間など、日常の中に歩く場面を少しずつ増やしていくと、負担なく歩数を稼げます。雨の日や暑さ・寒さが厳しい日は、屋内での足踏みや、ショッピングモールを歩くといった代わりの方法を用意しておくと、習慣が途切れにくくなります。ご家族や友人と一緒に歩くのもよい方法で、楽しみながら続けられれば、それが何よりの継続の力になります。
ただし、心臓の病気や膝・足の痛みがある方、血糖値が非常に高い方などは、運動の内容に注意が必要な場合があります。当院では、一人ひとりの体の状態にあわせて、無理なく続けられる歩き方や運動量についてご相談に応じています。「どのくらい歩けばよいか分からない」という方も、どうぞお気軽にお声がけください。毎日の一歩の積み重ねが、将来の健康を大きく支えてくれます。
参考文献
- Knowler WC, Barrett-Connor E, Fowler SE, et al. (Diabetes Prevention Program Research Group). Reduction in the Incidence of Type 2 Diabetes with Lifestyle Intervention or Metformin. New England Journal of Medicine. 2002;346(6):393–403.
- Jeon CY, Lokken RP, Hu FB, van Dam RM. Physical Activity of Moderate Intensity and Risk of Type 2 Diabetes: A Systematic Review. Diabetes Care. 2007;30(3):744–752.
- Engeroff T, Groneberg DA, Wilke J. After Dinner Rest a While, After Supper Walk a Mile? A Systematic Review with Meta-analysis on the Acute Postprandial Glycemic Response to Exercise Before and After Meal Ingestion. Sports Medicine. 2023;53(4):849–869.
